「二条城(元離宮(もとりきゅう)二条城)(京都府 京都市 中京区)」の紹介です。
’25年3月に個人旅行で相方と2人で2泊3日で「京都」に行きました。「京都」に訪れるのは’23年11月に紅葉を見に行って以来となります。
前回の「「頂法寺(六角堂)」、「ベンジャミンステーキハウス」(’25年3月 京都旅行-7)」からの続きとなり、旅行3日目、最終日の紹介となります。
現在、2階構造の「二条城」の「東大手門」は一時期、1階構造でした。その理由は?
「二条城」は1603(慶長8)年に江戸幕府初代将軍である徳川家康が天皇の住む京都御所の守護と将軍上洛の際の宿泊施設として築城されたものとなります。
壮麗な城に天皇を迎える事により江戸幕府の支配が安定した物であることを世に知らしめる目的もありました。
時代が江戸から明治に変わった後、「皇居」とは別の宮殿である「離宮」であった時期があるので、「二条城」の正式名称は「元離宮二条城」となりますが、本記事では以下、「二条城」表記にさせていただきます。
「二条城」は1994年(平成6年)、ユネスコ世界遺産に登録されています。
重要文化財である「東大手門」から入城しました。1626年(寛永3年)、上洛中の大御所、2代将軍であった徳川秀忠、3代将軍 徳川家光の招きに応じ、後水尾天皇(第108代天皇/在位:1611~1629)行幸に際して建てられ、1663年(寛文3年)の改修で今の姿になったと考えられています。
興味深いのは二条城行幸時には天皇を2階から見下ろさないようにとの配慮から一重の門に建て替えられていたそうです。現在は以下の写真の様に2階の構造です。

「二条城」の「唐門」の「菊の御紋」の下には「葵の御紋」がある?
こちらも重要文化財である「唐門」です。三代将軍徳川家光(在職1623~1651)の時代、前述の後水尾天皇の行幸に備えて、特別に造られ、2013年に新たに塗り直され、新しく生まれ変わったことになります。
門の中央部には長寿を意味する「松竹梅に鶴」が見られます。

徳川家繁栄の象徴であった「二条城」となりますが、1847年の大政奉還によってここ「二条城」は朝廷下(明治17(1884)年ー昭和14(1939)年は皇室が所有)とそして「二条離宮」となりましたので、「菊の御紋」が見られます。
そして、昭和14(1939)年「京都市」に恩賜され、「元離宮二条城」と改称し、現在に至りました。
興味深いのは前述の様に、現在の「唐門」は修復され2013年に新しく生まれ変わったのですが、その修復時に「菊の御紋」の金具をめくると、その下から徳川家の紋章である「葵の御紋」が発見されたそうです。
大政奉還によって「二条城」が朝廷下に入った際に、「葵の御紋」の上に「菊の御紋」が貼り付けられた事になります。
「唐門」には多くの美しい彫刻が見られます。
全ては紹介出来ないですが、こちらは聖域を守護する唐獅子と牡丹です。


「二条城をめぐるガイドツアー」を利用して見学しました
有料とはなりますが、今回、「二条城をめぐるガイドツアー」を利用しました。事前にネットで予約が可能なツアーです。
以前にも紹介させて頂きましたが、訪れた3月は桜の時期の少し前のせいもあるかと思いますが、訪れる先々がとても空いている「京都」でした。
この「二条城をめぐるガイドツアー」のガイドさんも「こんなに空いているのは珍しい。」と言われていました。 ツアーの参加者も5名でした。
「大政奉還」で有名な「二の丸御殿」です
「国宝 二の丸御殿」です
1867年(慶応3年)には15代将軍慶喜が「二の丸御殿大広間」で「大政奉還」の意思を表明したことで有名です。
内部に入ることはできますが、建物内の写真撮影は出来ないので外観だけとなりますが、「大政奉還」が行われたのはもっとも格式の高い「二の丸御殿大広間 一の間」となり48畳の広さがあります。
「二条城」全体では部屋数33、約800畳という広大な建物となります。

「重要文化財 本丸御殿」です。
先述のよう後水尾天皇の行幸を迎えるための大改築が行われ本丸が築かれましたが、天明8年(1788年)の天明の大火の際に飛び火が原因で消失、その後、江戸時代には再建はされませんでした。
現在の本丸御殿は、明治17年(1884年)に「二条城」が皇室の離宮となった後、明治天皇の命によって、明治27年(1894年)に、京都御所の北にあった桂宮家の御殿の主要部を移築した建物となります。

「二の丸庭園」では「蘇鉄」が見られます
「特別名勝 二の丸庭園」です。この庭園も後水尾天皇の行幸を迎えるために作事奉行 小堀遠州作の元で改修されました。写真右側に「蘇鉄(そてつ)」が見られます。

「鍋島藩(現在の佐賀県)」藩主の鍋島勝成が、後水尾天皇の行幸に先駆けて蘇鉄を贈ったという記録が残されているそうです。
寒さに弱い南国育ちの蘇鉄を「こも」や稲わらで包んで保温しているのですが、二条城の冬の風物詩の一つにもなっています。

「二条城」にはかつて「天守」がありました
現在、「二条城」には天守がありませんが、「天守台」は残っています。
天守台からの眺めです。1750年(寛延3年)に落雷で焼失して以来、再建されませんでした。

「天守台」からは「梅林」が眺められます。
「二条城」の梅はおおよそ90本ほどあり、そのほとんどがここ「梅林」に植えられています。
品種は紅梅、白梅、桃色梅、1本の木に紅白の花を咲き分ける源平咲き分け、シダレウメなどがあるそうです。

私たちが訪れたのは桜の開花前の3月となりましたので、桜は見られませんでしたが、「二条城」の桜はは城内全域で、約300本・50品種が植えられ、桜のの咲く3月下旬から4月には多くの方が訪れるとのことです。
二条城築城当時に桜があったのかどうかは定かではないとの事ですが、1955年(昭和30年)代後半から1965年(昭和40年)代前半にかけて植えられたものようです。
例年、「二条城桜まつり」において、桜のライトアップも行われています。
ツアー参加者は通常非公開エリアも案内してもらえます
ツアー参加者は、通常非公開のエリアも案内しています。いつも同じ場所なのかは不明ですが、私たちは「二の丸御殿 中庭」を案内してもらえました。

砂利に白い石が混じって見えますが、これは「雲母」の様です。採掘場所の砂利の特徴のようで、実際に見ると、日の当たり方によってはキラキラして見られました。

ガイドさんの案内を聞きながら興味深く「二条城」の見学ができました。
15代、265年続いた江戸時代の徳川将軍ですが、実際に上洛して「二条城」を訪れたのは「初代将軍 徳川家康、2代将軍 秀忠(将軍職を退いた大御所時代)、3代将軍 家光、14代将軍 家茂、15代将軍 慶喜」となり、4から13代将軍は上洛しなかった事になり、14代将軍 家茂は230年ぶりに「二条城」に上洛した事になります。
’25年3月に訪れた「京都旅行記」は数回に渡って紹介させて頂きますので今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。


コメント
こんにちは・・・(^-^)!!
なぜか、ここだけは中学校の修学旅行で行った中で
よ~く覚えています 😀
Niceです!
訪問&ナイス・有り難う御座います。
二条城、成金趣味が建てたお城・余り好きに成れ無くて、出掛ける事も無かったです!!。
今日の郷山・午前中は、多少・雲が拡がってたが陽射しも・・・午後には、雨の予報が・吹く風が穏やかで、猛暑日寸前の蒸し暑い一日に成りそうです・其方は、如何ですか!!
門に施された彫刻や彩色は見事ですね。
ガイドさんの案内があると、いろんなことが知れそうです。
ナイスな選択だと思います。
二条城も見ごたえがありますね。彫刻が見事です。何度訪ねても見飽きることがありません
二条城は以前見学したことがありますがその時は不勉強で、今回このように丁寧に説明していただき、また興味がわいてきました。
ありがとうございますw
二条城は3回くらい伺っています。
一番最後に伺ったのはちょうど2013年12月で唐門ができたばかりの時でした。
この写真のように彫刻が美しかったです。
二条城のご紹介ありがとうございます。私も何度か訪れたことがありますが、当たり前のことですが、歴史を感じるお城ですね。
本当に素晴らしい細工ですね。
京都のお寺 行った事があれど
拝観はあまり入らない事も多いです
京都はオーバーツーリズムで外国人が
半分いると聞きました。
ツアーはお手軽ですが、日中の移動は
暑すぎて、わたしには無理です。
こちらのブログで行った気にさせていただきます。
Nice!
二条城、行った記憶があるのですが
ちゃんと見た覚えがないのです。
拝見しました
ナイス!
足跡にて失礼します。
今は、無くなってしまいましたが、二条城の真ん前にホテルがあり、宿泊した翌朝見学に行きました。
ソテツに服を着せてあげるのですね♪
niceです☆彡
ここは入ったことありです。
二条城の歴史の重みと細やかなディテールに圧倒されました。
唐門の修復時に葵の御紋が発見されたエピソードは特に興味深く、まさに歴史の生き証人ですね。
ガイドツアーの非公開エリアや雲母がキラキラする中庭の描写も臨場感たっぷりで、実際に訪れてみたくなりました。
将軍の上洛回数など豆知識も勉強になります。
次の京都旅行記も楽しみにしています!
ツアーだと入れないところに行けるのも楽しみですよね
そう言えばまだ二条城は行ったことありません(≧◇≦)
行くときはこちらのページを開けて見ながら行こう~
見事な装飾の数々ですね。訪れた事は無いので興味深く見させていただきました。
二条城いいですね。
日本の世界遺産巡りしてみたいな。
はじめて訪れたとき、なんでお城なんだと思ったことを
思い出しました。
おはようございます nice!です
宿泊施設だったのですか!!
それにしても金色が綺麗です(^^)
お早うございます
楠木正成の幼少時の学問所と首塚(観心寺)に
コメントをありがとうございます。
三重の塔の一階部分が、良く残されました。
襖絵など、綺麗に修復されたと聞いています。
また、訪れて見たいところです。
空いている「京都」は、ラッキーでしたね。
普段の行いが良いからでしょうか。。(^^)v
二条城には高校の修学旅行と20歳の頃の京都旅行と
二度行ったことがありましたのでとても懐かしいです。
こういう所は若い時よりも年取った今の方が見ごたえを
感じるでしょうね。もう一度見たいものです。
nice!です(●’◡’●)
こんにちは。
さすが徳川様、立派なものですね。
こんにちは
中学の修学旅行で訪問しました
その当時は歴史の事など分からずに
ただその美しさに圧倒されました
大人になってからはお城の経緯を知り
もう一度尋ねたい場所となっています
ガイドさんの説明を聞きながらの見学があるのですね
とてもいいと思いました
京都は社寺が多いので見応えはありますね。
京都には昔一時居たことがあります。
二条城、中学生の頃行きました
ただ、装飾などは観た記憶が。。。
勿体ない事しました
二条城に初めて行ったのは中学校の修学旅行の時だったのですが
一番最後だったからか、私たちが見学した後から雨戸を閉められて
そのことが一番印象に残っています。
拝読しました。
NICEです👍
niceです!!👍
拝見しました。
歴史を感じますねえ~
行ってみたいです。
NICEです(^^)
お早うございます
高さは約 48.5m真言密教の世界観に
コメントをありがとうございます。
高野山のシンボルです。
当時の建築技術の高さに、ため息です(^-^)
素晴らしい建物ですね 偕楽園に似ております
ぼん様
二条城は大政奉還といつも歴史で習いました。
ソテツがこもをかけて大切にされているのですね。
こんにちは
二条城立派なお城ですね。
御所の天皇を守るために作った家康の居城とか。
武者人形が並んでいると聞きます。
行ってないです。
nice!です。
お早うございます
天水桶が檜皮葺の屋根に並ぶ金剛峯寺に
コメントをありがとうございます。
山の上にある堂宇、落雷による火災の
延焼が怖かったのが分かります。
nice!です(‘∇^d) ☆!!